Edirol PCR-800 vs Yamaha KX61 徹底比較

今最も興味深い MIDI キーボード・コントローラは Edirol PCR シリーズ、 そして Yamaha KX シリーズである。本稿では両機を PDF マニュアルおよび実機試用経験をもとに諸観点から比較分析する。

Edirol PCR-800
http://www.roland.co.jp/products/jp/PCR-800/images/top_L.jpg
Yamaha KX61
http://www.yamaha.co.jp/product/syndtm/p/cmp/kx/images/face_front_kx61_l.jpg

価格・モデル

それぞれ鍵盤数の違う3モデルが用意されている。PCR では PCR-300 (32鍵), PCR-500 (49鍵), PCR-800 (61鍵)。KX では型番がそのまま鍵盤数になっており、 KX25, KX49, KX61 がある。

価格表(サウンドハウス調べ)
PCR-300 / KX25 PCR-500 / KX49 PCR-800 / KX61
Edirol PCR \23,700 \27,200 \31,800
Yamaha KX \27,200 \31,800 \35,200

価格は実売で数千円ほど PCR の方が割安となっている。この程度の価格差であれば機能で好きな方を選んだ方が良い。

サイズ - 省スペース性

奥行き 高さ 重量
PCR-800 1,002 mm 251 mm 91 mm 4.5 kg
KX61 937 mm 343.9 mm 114.6 mm 4.3 kg

KX の奥行き 35cm は同種のキーボードの中ではかなり大きな部類に入る。背面のケーブル接続を合わせれば 40cm はみておく必要がある。もう少しコンパクトにならなかったものか。Motif の筐体ラインを使い回ししているのではあるまいな。
PCR は多くの電子楽器と異なり電源やフットペダルの接続端子が鍵盤の背面ではなく左側面にある。省スペース性を確保する工夫なのだろうが、反面どうやってもケーブルを隠せない位置なのは一長一短といったところか。
省スペース性では PCR が有利。KX を導入する場合は事前に設置場所をよく考えておく必要があるだろう。

鍵盤

キーボードとしての最重要観点であるが、この価格帯の鍵盤ということで双方とも作りの安さはいなめない。どちらも簡易なソフト鍵盤でハンマーなどの高位なメカニカル機構は搭載されていない。はっきり言ってしまえば、双方とも質はあまり良くない。特に KX は悪い。最近のキーボードの中では KORG X50 の次に悪い。
PCR の方は過去の PC-80, PCR-80 シリーズとほぼ違いのない質感であり、打ち込みに支障はないが演奏の快感とはほど遠いレヴェル。KX の方は Motif の鍵盤からハンマーを抜いてペラペラに軽くした感触。ちなみに PCR にはアフタータッチ(チャンネル)に対応している。KX は未対応なので注意。
この手の安鍵盤で嫌なのはマキシマムヴェロシティで鍵盤を打ちぬくとベコバコやかましい音がすることだ。セミウェイテッドやハンマーアクションであればタントンといった音で済むのだが、こうバコベコやかましいと打楽器の試奏に問題が生じるし何より気分が萎える。KORG 製品の鍵盤であれば安物でもこの打鍵音は起こらない。
PCR の方が鍵盤に重みのある分多少マシだが双方ともマスターキーボードとしての品位は到底持ち得ないものである。汎用入力装置と割り切るしかない。

操作子 - ボタン・ノブ・スライダー

ノブ スライダー ボタン*1 パッド
PCR-800 9 10 7 18
KX61 4 0 2 0

単純にスペックで見れば PCR-800 の圧勝であるが、一概にそれが PCR を選ぶ理由とはなり得ない。実機を触って気づいたそれぞれの特徴を述べる。
PCR-800 のノブは従来の PCR-50 と比べ非常に小さくなっている。指2本で上からつまんで回すととなりのノブに指がぶつかり最後まで回し切れない。ひと回しで0から127まで回したければ指を横から入れて回すしかなく、実用的ではない。Roland は「ライブ・パフォーマンスにも最適」としているが、これではとてもライヴでのシンセ演奏には物足りない。詳細は後述するがモジュレーションホイールがないので一系統のみの代用もできない。
スライダーも PCR-50 より密集しており動きが硬くなっている。PCR-50 や JP-8080 のような手になじむスライダーデザインだと、慣れると指4本で ADSR Env をざざっと設定できるようになるのだが、そういった操作性は PCR-800 のスライダーにはない。詰め込みすぎなのだと思う。数が多いのは良いがもう少し配置に余裕が欲しかった。
KX のノブに大きさの問題はない。こちらは動作量で相対値を取る無限回転式になっている。DAWVST をコントロールするには無限回転式の方が適しているのだろう*2。回すとマウスホイールのようなクリック感がありガリガリと音がする。僕はなめらかな回し心地の方が好きなのだが、これは好みが分かれる部分だろう。
PCR のコントローラは操作すると現在のパラメータが液晶に数字表示されるのが大変便利なのだが、KX では表示されない。そのため、無限ノブ&数字表示なしという特性を考えると PC と連携せず直接音源を操作するようなライヴ用途には不都合がある。
操作子においては、DAW との親和性を重視するなら KX, とにかく操作子の数、特にスライダーに必要性を感じるならば PCR を選択することになる。KX にスライダーが一つもないのは残念。

操作子 - モジュレーション / ベンダー

PCRモジュレーションホイールはピッチベンドと一体型のスティックタイプ。KX は独立2系統のホイールとなる。PCR のスティックではモジュレーションに相当する Y軸も手を離すと初期位置に戻るため、小さくて使いにくいノブ類の代用コントローラとしても用途が限られる。KX25, 49KX ではホイールは鍵盤の左にあるのだが、KX61 では鍵盤の上に位置している。あまり見ないタイプなので使いやすさに多少疑問がある。
僕は一体型のXYスティックタイプが好きなのだが PCR-50 のスティックは大して使い込まぬうちから中のバネがカコンカコンと音を立てるようになったので今ひとつ品質に信用がない。Nord Leadのようになめらかな質感だと良いのだが。

操作子 - フットペダル

PCR は サスティン / エクスプレッションの二系統を接続できる。KX はサスティンのみで、KX にはエクスプレッションペダルを接続できない。なぜこんな、あって当たり前のものを省こうと思ったのか。ナンセンス。全国のペダラー憤慨すべし。
弦楽器の打ち込みなどにエクスプレッションペダルを使いたい場合は迷わず PCR を選択すること。KX でどうしてもエクスプレッションペダルを使いたい場合は EXP を接続できる他の機材を併用する等の工夫が必要になる。

DAWとの親和性

ここが作曲において最重要項目であり、PCR, KX の興味深い部分でもある。

KX の場合 - AI Functions

Motif XS 等の Yamaha 製ハードウェア向けに提供されている Extensions for Steinberg DAW という Cubase 拡張機能構想がある。YamahaSteinberg 買収における最大の成果だ。これに含まれる AI Function という機能によりソフトウェアとハードウェアの有機的連携が実現できる。
具体的には、アクティヴな VSTi を切り替えると KX61 上のコントロール・テンプレートが自動的に切り替わることにより、選択中のソフトシンセごとに KX61 のアサイナブルノブに最適なパラメータを自動的に割り振りしてくれるというものだ。この自動テンプレート切り替え機能は AI Function 以外では Novation ReMote シリーズのみが実現している次世代機能である。これこそが KX61 の革新的な部分であり、メインフィーチャーである。
コントロール・テンプレートには Native Instruments 等の主要な30種のソフトシンセがあらかじめ登録されているほか、Yamaha のサイトで公開されている KX Editor でユーザーカスタマイズが行える。

PCR の場合 - ダイナミック・マッピング

これが最重要項目であるに関わらず、散々調べたのだがはっきりしたことは分からない。なので下手な推測はここに書かず、Roland のサイトで説明されている部分を引用するに留める。

ソフトウェアとの連携をスムーズにするダイナミック・マッピング機能。

 ソフトウェアを機能的にコントロールできるダイナミック・マッピングを装備しています。ダイナミック・マッピングは、稼動中のソフトウェアがPCR本体を認識し、アクティブ・ウィンドウの主要パラメーターを自動的にフィジカル・コントローラーに合わせてアサインしてくれるインテリジェンス機能。ソフトごとに設定を切り換える必要がなく、スピーディかつシームレスなコントロールが可能です。
 また、ダイナミック・マッピング非対応のソフトウェアも、本体パネルでコントロール・マップを手動でセット・アップすれば操作可能。設定は、PCR本体の15のユーザー・メモリーに保存することができます。同梱のエディター・ソフトを使えば、さらにわかりやすくコントロール・マップを設定することができるので、使いやすい自由なセッティングにカスタマイズすることができます。
PCR-800 :: 製品 :: ローランド

「稼動中のソフトウェア」とは、「アクティヴ・ウィンドウ」とは、具体的にいったい何を指しているのだろう*3

DAW との連携機能において、KX61 が革新的な機能を有しており、これだけでも MIDI コントローラーの買い替えに充分魅力的な動機となり得る。PCR-800 に同等の機能があるのかどうか現時点では残念ながら不明だ。ソフトシンセメインの作曲を想定すると KX61 が先進的だが、やはり想定されたホストでこそ真価を発揮するものであり、自分の使用する DAW に合わせて選択するのが良い。

バンドルソフト

双方ともいろいろオマケがあるが、すべて大幅な機能限定版なので、あまり過度の期待はしない方が良い。
PCR には Cakewalk Production Plus Pack として自社製品を中心に、 DAW "Sonar 6 LE", パターンシーケンサ "Project5 LE", プレイバックサンプラー "D-Pro LE" が付属する。D-Pro*4 用追加コンテンツとして E-mu - Proteus 等過去のハードウェアの音色 ROM を収録したライブラリが販売されているので、それを目当てにするのも良いかもしれない。
KX には Cubase のライト版である Cubase AI4 の他、X Factor VST としてサードパーティーの簡易版 OEM が収録されている。内容は、IK Multimedia からマルチ音源 "Sample Tank X Factor Edition", アンプシミュレータ "Amplitube Duo", Sonic Reality から HALionOne 用追加ライブラリ "OneSoundz Silver Edition", "YAMAHA HALionOne S90ES Piano", ループ素材 "RAW loops YAMAHA Edition", FXpansion からドラム音源 "BFD Lite Ver1.5", Arturia から ヴィンテージVA シンセ "Analog Factory SE", その他 MIDI ループ集やビデオ教材となっている。
簡易版ではあるものの、Amplitube, BFD, Analog Factory はそれぞれの分野で最高峰の地位を得ているソフトであり、興味深いラインナップと言える。

総評

MIDI キーボード・コントローラとは音源を持たない、単独では成立しない楽器である。そのため何と組み合わせて使うかによって最適なものを選ぶ必要がある。
僕がマスターキーボードと DAW コントローラーを別々に用意せず、コントローラー / キーボード一体型の製品を望むのは、人間にとって最も道具を扱いやすい距離感というのはそう広くないと考えているからだ。手を伸ばせば届く範囲にいくら機材を置いても、アイディアを脊髄反射で実行できる最適な距離感というのは自ずと限定される。その距離感に最大効率的な操作子を配置できるのがキーボード・コントローラーなのだ。
本稿では最新かつ国内で最もコストパフォーマンスに優れる2機種を比較分析した。これらはマスターキーボードとしては決して優秀な製品だとは言えないが、DAW での作曲に必要な機能を広範囲に高いレヴェルで満たすものである。その中でも PCR は操作子の多様さ、KX は VSTi オペレーションにおいて群を抜く存在である。優良なインターフェイスを安価で発売してくれる Roland, Yamaha 両社に感謝したい。

参考 :
藤本健のDigital Audio Laboratory 第315回
PCR-300/500/800 取扱説明書 :: サポート :: ローランド
KX25 / KX49 / KX61 : ヤマハ マニュアルライブラリー

関連 :
Yamaha KX61 レビュー
KX61からVSTラックのソフトシンセをコントロールする方法

*1:ユーザーが任意のコントロール先を設定できるアサイナブルボタン数。ホスト・トランスポート等は含まない。

*2:絶対値だと実機のノブの位置とソフト上のパラメータが一致しない場合急激にパラメータが変わってしまうため。

*3:もし具体的に「DAW内で稼動している VSTi / DXi のアクティヴウィンドウの切り替えを検知」と記述してくれていれば、それは AI Function と同等の機能として検討するのだが。理由は不明だが、あえてぼかした説明をしている印象を受ける。

*4:国内外で製品呼称が変わる。国外では "Dimension-Pro" が製品名となる。