検証:96kHzオーディオは本当に高音質なのか

いわゆる CD 音質である 16bit 44kHz オーディオと、16bit 96kHz オーディオの違いが分かる人とは一体どれほどいるのだろう。もう随分前から、プロオーディオ業務機材のみならず DTM エンドユーザーをターゲットにしたインターフェイスでも当たり前のように 96kHz オーディオがサポートされている。96kHz オーデイオでは 48,000Hz までの周波数を再生することができる。
常々思っているが、これは作曲に何か役立つのだろうか。思っているだけで、口には出してこなかった。ひとたび口に出せばオーディオマニアの方々に鬼の首を取るような勢いで馬鹿にされそうだから。しかし僕にはどうも納得がいかない。
よく雑誌なんかで「96kHz だと音のツヤが増して、44kHz では表現できなかったアコースティックな『空気感』が感じられる」みたいなコメントを見るたびにモヤモヤした気持ちになる。人間の可聴域の高限はおよそ 20kHz だというのは医学的事実ではないのか。オカルト、プラシーボ、気のせいではないのか。あんたほんとに聴こえているのか。信じる者は足元を救われていやしないか。
実験してみれば良い。ここにいくつかのテスト音声を用意した。それぞれ 16bit 96kHz の wav ファイルで周波数ごとのサイン波を再生している。20kHz 以上の音域の世界を自分の耳で体感してほしい。

テストトーン

24,000Hz to 47,995Hz*1 (Sine Wave, PCM 16bit 96kHz Stereo, 10 seconds)
再生するには 96kHz 以上のサンプリングレートをサポートするオーディオインターフェイスが必要。
公開先 : Yahooブリーフケース

  • 24,000Hz
  • 28,000Hz
  • 32,000Hz
  • 36,000Hz
  • 40,000Hz
  • 44,000Hz
  • 47,995Hz

これを聴いているあなたの耳がよほど良ければ、ツーと鳴っているサイン波の音が聴こえるだろう。ところで、ツーという擬音が正確であるかどうか分からない。この音域を音として聴いた人類は恐らくただの一人もいないからだ。体感も何もあったもんじゃない。波形編集ソフトで波形を確認するとよく分かるが、0.0dBFS でガンガン再生されているにも関わらず、耳には何も聴こえない。聴こえるのは DC オフセットの断層が発するブチッという音くらいだ。そもそも 22kHz より上の周波数は特殊な用途のスピーカーでなければ再生できないのではないか。人間の可聴域をどうこう言う前に再生機器がついてこない時点でお話になっていない。
どう考えたって音がいい悪い以前の問題だ。人間の可聴域の外であるということはどうやったって聴こえないと認めるしかない。赤外線やら紫外線やらマイクロ波が人間の目には視えないように、24kHz 以上の音など聴こえるはずがない。電磁波のほとんどが全く目に見えないことは常識であるのに、24kHz 以上の音が全く聴こえないと認められないなどナンセンスだ。同じ波の話なのに。オーデイオにはオカルトが潜んでいる。
しかるにどうして 96kHz オーディオは高音質と言うのか。一体そこいらの評論家連中は何を聴いているのか。彼らの言う空気感だの質感だのは一体何なのか。彼らの耳と僕の耳はそんなに違うのか。あんたら紫外線が見えるのか。確かに 96kHz オーディオは聴域的には高音質なのだろうが、その見えない聴域が音楽的に有意な恩恵があるとはどうにも承服しかねる。*2
DTM ユーザーが 96kHz オーディオでの作曲にこだわる必要など全くないように思う。聴こえない音を混ぜ込むことにどんな意味があるというのだ。呪いのつもりか。僕などには到底理解の及ばない高尚な理屈でもあるのだろうか。エセ評論家がメーカーから小銭をもらってホラを吹いた、という説の方がよほど納得がいく。エンジニアがクライアントにハッタリをかますため、というのもなかなか通りがいい。人のいい事にユーザーまでそれを真に受けて、自分の耳で判断せずに「何となく音がいいものである」という認識を持ったり、本当に音がいいと思い込んでいる。自分の耳の性能が凡庸であることを看破されるのを恐れて聴こえもしない幻聴を聴いている。他人と外れるのを恐れてへらへら愛想笑いを浮かべる日本人的構図こそが 96kHz オーディオは高音質であるという幻想の正体ではないか。
何てことだ。ではないか、だと。情けない。最後の最後で断論できない自分がいる。大声で 96kHz オーディオはオカルトだと叫んでしまいたいところだが、「堅気な音響メーカーの真面目な職人が寝る間も惜しんで頭ひねって開発したすごい仕組みで 44kHz では表現できない音質を生み出す理論」みたいなものがある気がして本気で貶せない。きっとこれが僕の中に潜む最後の迷信なのだろう。それでも、48,000Hz のサイン波は、どう頑張っても聴こえない。

*1:テストトーン生成に使用した Sound Forgeシンセサイザーでは周波数が 48,000Hz 付近に近づくとサイン波をうまく生成できなくなっていった。なぜかボリュームが揺れたりフェードイン状になってしまう。また、48,000Hz ジャストは生成を実行しても波形が作れなかった。正確には、指定した時間分の -Inf dBFS の無音ファイルが生成された。これが Sound Forge の障害なのか、高域サイン波の性質によるものなのかは分からない。波形がまともに生成される 47,995Hz を 48,000Hz テストの代理として用意した

*2:ただし可聴域と音の良し悪しの問題は分けて考えなければならない。96kHz のサンプリングレートを使って 24kHz 以下の周波数を表現することに何か音質的向上をさせる理論がないとは言い切れない。もっともそんなものを聞いたことは無いし、レコーディングするサンプリングレートを変えるだけで劇的に音が良くなるマジックなんて存在しない。このエントリーでは 24kHz 以上の人間には聴こえない音域が音質的な恩恵をもたらすかどうかにのみ論点を絞っている。