ステレオの話

近年のクラブミュージックにおけるステレオミックスのトレンドはパンニングによる定位配置というよりむしろ、定位をセンターに保った上で楽器ごとにステレオの幅を調整することに主眼がおかれている。ベースでさえセンターにない曲があるので驚く。
2chステレオの世界で生きる作曲者が知っておかなければならないモノラルとステレオの原理というのはシンプルで、LRチャンネルの両方から均等に音が出るときモノラル、差異があるときステレオになる。たったこれだけのことである。つまりステレオ感の強度とはLRチャンネルの差異の量となる。この原理さえ知っておけばステレオ感なんざどうにでも演出できる。ポピュラーなのはやはりコーラスエフェクトだが、これは音色を変えすぎる。LRチャンネルで音の要素を少し変えるだけに留めれば音色のニュアンスを変えずにステレオ感だけを操作できる。
一番手っ取り早いのは時間的差異だ。片チャンネルの発音をわずかに遅らせると音に広がりが出るようになる。俗に言うダブリングである。ロックのミックスだとエレキギターパワーコード音の壁を張るときによく使われる手法だ。発音のタイミングを遅らせるほどステレオ感が強まる。
次に、これもよく使われるがピッチシフトである。片チャンネルの音をゼロコンマ数Hz上下するだけで音は広がる。あまりやりすぎると音程感が変わってしまったり、音にうねりが出てしまうが。これら時間的差異とピッチの周期的変化を組み合わせたものがご存知コーラスエフェクトである。
ここまでが常識的なステレオ効果なのだが、要はLRで差異さえあればステレオ感は作れる。この間体験した変なエピソードを書く。
KVRでエフェクトを物色していたとき奇妙なVSTデヴェロッパーサイトを見つけた。ロシアのアングラサイトっぽい趣のページで、VSTGUIには日本製アニメの絵柄をちょっぱったものがズラリとならんでいる。ほとんどが汚し系のようだ。アホだなあと思いつつも一つ試してみた。そのエフェクトには2人のアニメキャラが描いてあって、この娘達がLRチャンネルをそれぞれギッタギタにしてあげるわよ、というコンセプトらしかった。適当にシンセフレーズにかましてみると、なるほどディストーションサウンドが得られたが、同時に音がめちゃくちゃに広がって驚いた。
要はLRチャンネルに別々のディストーションをかけることで音色の差異を得ているのである。ネタプラグインだろうとなめてかかっただけに驚かされたショックが大きかったが、ああ、何でもありなんだなあとこの時ほど思ったことはない。サイト名とかは忘れた。とにかくLRで差異さえ作れば何をやろうとヘンテコステレオサウンドは得られる。未知の音を求めて実践あるべし。